Vol.15 ~“テロ=イスラーム”は危険な定義~

Vol.15

【参考記事】 http://newsphere.jp/world-report/20160804-1/

 

この記事の要旨を決して読み間違えてはいけない。

なぜ、フランスでテロが起こりやすいのか?

受験で世界史を選択された方は、1894年に起きたドレフュス事件という名を覚えているだろう。ユダヤ軍人のスパイ容疑事件である。当時のフランス第三共和制はカトリック寄りであり、対独復讐心から軍部も力を持っていた。当時流行していた反ユダヤ主義はこれに拍車をかけた。結局、死刑判決まで下ったが、クレマンソーやゾラなどの人道家の頑張りでドレフュスは無罪放免となったという事件である。

以来、フランスでは宗教的偏見を排除するために、1905年に政教分離法が発布された。これは記事にもあるように、カトリック寄りの偏見に限ることなく、全体的に宗教色を消すことだった。そこで利用されたのが「フランス単一文化」化である。

しかし、これは、イスラーム教徒にとって受け入れ難いモノであった。生活に宗教色が強いムスリムが単一文化に抑圧され、イスラーム教をやめることもできない中、社会から疎外されていくという構図ができた。

さらに、1830年のアルジェリア出兵以来の長期に渡る植民地化とその距離の近さにより他国よりも移民数が多かったことが、疎外された移民たちの団結・反発心を生む形となったのだ。

とは言え、イギリス・ドイツが決してムスリムにとって住みやすい国というわけではない。イギリスでも2005年に同時多発テロが起きているし、ドイツではここ3ヵ月間にイスラーム国絡みのテロ事件も起きている。

しかし、イギリスは元来島国のため移民排除傾向があるため、移民側にアイデンティティが存在する。ドイツはビスマルク・ヒトラーの国家主義のトラウマから多文化社会を容認してきたため、移民たちの疎外感は比較的薄い。フランスとの違いはここにある。

ただ、間違えないで欲しい。

こうした単一的な文化に順応できないのは決してムスリムだけではない。宗教関係なしに、どんな社会にも疎外感を持つ人間はいる。

心の病。

挫折・恨み・偏見に劣等感・攻撃性・理性欠如が拍車を掛ける。「まさか、この人が」や「想定外」という言葉は、もう聞き飽きた。

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